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「愛奈、どうした?」 いつになく元気のない娘に睦月は心配そうに声をかけた。 熱でもあるのだろうか、と額に伸ばした手は激しい感情と動作で払いのけられた。 「愛奈?」 いつもと違う娘の様子に戸惑う睦月を愛奈は見上げた。 優しく愛奈を見つめる睦月の表情に写真で見た美しい女性の顔が重なって見えた。 汚い。 この人の心の中には雅樹にそっくりな美しい女性が住んでいる。 今ならどうして睦月の雅樹を見る目があんなに熱っぽく切ないのか分かる。 「触らないで!」 激しい口調で威嚇するように叫んでから愛奈は睦月を睨みつけた。 体中を支配するこの激しい感情をどう表現したらいいのか……。 「パパなんて大嫌い!」 大好きだから許せない。 「愛奈?」 睦月の動作が止まった。 切れ長の一重の瞳が悲しみで彩られていくのを見ながら愛奈の心もささくれ立って傷ついていく。 「何かあったの?」 のんびりとした口調で良枝が睦月と愛奈の間に割って入ってくる。 母の存在に愛奈が我に返る。 「何でもない!」 そう言い放ち、その場から逃げるようにリビングを出ようとする。 リビングのドアを開けた瞬間、ドアの向こうにいた雅樹と対面してしまった。 「お、お兄ちゃん」 こんな形で兄と顔を合わせるなんて思ってもいなかった。 無防備な表情で雅樹を見つめる愛奈の顔は雅樹の目にどんな風に映ったのだろうか? 「愛奈、おいで」 手首を掴まれて家の外に連れ出される。 細身の雅樹からは考えられないほどの力強さで愛奈の手首をグイグイと引っ張ってどこかへと連れて行こうとする。 「お兄ちゃん、手を離して」 学校に間に合わなくなる、頭の中でこんな時なのに冷静にそんな事を考えながら愛奈は小さな抵抗を試みる。 しかし、そんな抵抗など物とせずに雅樹は愛奈をある場所へと導いたのだった。
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