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空間に吹き込む風の音が、はっきりと聞こえる。
空間を包む沈黙は、それくらい明瞭なものだった。
彼は顔を上げると、意志の強い、確(しっか)りとした眼差しで女性を見据え、言う。
「俺はどこまでも幼稚だった。さっきの理由もあるが、何より『あいつ』の気を引く為に、『あいつ』を巻き込んで最後には『あいつ』に何も言えないまま、死んじまった。俺何か相手にされない、眼中にすらないと思って、ずっと逃げていたんだ。『あいつ』に、自分の気持ちを伝える事から」
『好きだ』、と伝える事から――そう、彼は言った。
女性は彼の思いも因らぬ告白に、バイオレット色の双眸(そうぼう)を見開く。
まさか、罪悪感の理由として恋愛沙汰が絡んでくるとは。
彼の『世界』では、それは珍しい事なのである。
人が人に、恋愛感情を抱く事は。
驚きつつも、女性は彼に対して言葉を返す。
「つまり、貴方の後悔の理由には……その『あいつ』とやらが、関係しているのですか?」
意図的に、態と落ち着けた女性の物言いに、彼は「ああ」と言って頷いた。
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