小さい手

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誰もこの家に人が住んでるとは思わないだろうな。表札は剥がれ落ち何処かに行ってしまっている。コンクリートの門柱に表札がはまっていた惨めな窪みが確認されるのみであろう。庭は熱帯雨林も顔負けな程に、名も無い草だの、名の有る草木が、自由気ままに遊び惚けている。屋根も瓦が列を乱し、規律のない軍隊のようだし、指揮官のアンテナは横になって寝てしまっている状態だ。  だが、しかし俺はこの家に住んでいる。  酒を飲み、惰眠を貪り、着の身着のまま這うように家の中を移動し、電話を掛けて出前を取る。 下劣なテレビを見ては大笑いし、素面になればこんな無様な自分を呪う。 俺にとってはこの家こそが世界だ。笑い有り(苦笑だが。)、涙有り(情けない自分に。)人生あり(家から出なきゃそうなる。)だ。  あぁ、世界は日に日に小さくなっていく、しかし家の外に出たいとは思わない。最早、俺は誰にも必要とされていないのだ。現に俺が居なくても外の世界は回っている。今更どの面下げて表を歩けるだろう。どんな表情で歩けばいいのだろうか。つまり外が怖いのだ、この一言に尽きる。 ある日、月夜の晩に縁側に腰掛け一人で酒をのんだ。俺しかいなのだからいちいち一人だなんて説明は不要だ。 余りに月が綺麗だった。何故か惨めな自分と比べてしまい、なんだか淋しい気持ちになってしまった。月とスッポン、月と俺。 「はぁ・・・。」  何とも情けない溜め息が俺の口から漏れ出した。俺はこうして歳を取って行くのだ、あと何回こんな嫌な溜め息をついて生きていくのだろうか。きっと数え切れないだろう。  すっかり酔いも醒めてしまい寝ることにした。
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