一日前、午前

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「すめにぃにはさ、好きな人がいた」  それは初耳だった。  なんとなく、彼でも人並みに恋愛をするような人なんだと思った。 「でも彼女はある機関による実験で爆発に巻き込まれたんだ」  桐原の手の位置が、凛寧にしては少し高いなと思った。  そこで気が付いた。  皇さんだ。  桐原は皇さんと踊っていたのだ。 「すめにぃが死ねば、彼女はあんな目に会わずに済んだのにネ」  その言葉に、一瞬怒りがこみあげたが、桐原の顔を見て驚愕した。  桐原が泣きそうに見えたのだ。  桐原とは初等部の頃から九年間一緒だが、彼女のこんな顔は初めて見た。 「その人、大事な人だったのか?桐原にとって」  桐原がくるりと振り向き、目が合う。  桐原が踊るのを止めてじっと俺を見つめる。  まるで、俺の質問の意味が分かっていないように見える。 「まさか。世界で二番目にすめにぃを愛しているというのに?」 「そうなのか?」  とすると、一番は凛寧だろうな、きっと。 「うん。大好きだヨすめにぃの事。すめにぃにならこの体をあげてもいい」  また桐原が笑った。  正直言って、桐原の笑うポイントはまったくわからない。 「何が面白いわけ?」 「いや、剥製にするとかそういう事じゃ」 「知ってるから」  誰がそんなグロテスクな想像するか。  桐原は小刻みに震えながら笑っている。  よほどツボだったのか、相変わらず桐原はよくわからない。 「さてボクはもう行くヨ。部室に用があるからネ」  ちなみに桐原は合唱部だ。  この変な喋り方からは想像に難いが、桐原はめちゃくちゃ歌がうまかった。  俺の拙い語彙では言い表せないが、それはもうめちゃくちゃに。  その辺の歌手よりよっぽどうまいと俺は思う。  クラスの他の奴らは「そこまででは無いだろう」というので、ひょっとしたら俺が幼馴染みの欲目のようなものでよく聞こえているだけかもしれないけれど。
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