一日前、午前

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「げ」  と、後ろを振り返るなり叶さんは露骨に嫌そうな顔をした。 「何言われるか、わかる?」  表情だけを見れば穏やかに微笑んでいるように見えるが、声には冷たい響きを含んでいた。 「知らねぇよ何の用だよあっちいけよこころ」  立て続けに言ってから、彼は彼女、木暮(こぐれ)こころ先生の手を振り払った。  ともすれば小学生に間違われそうな程童顔で小柄な彼女は、叶さんにとって最も苦手な人物らしい。 「山に入る時は許可取りなさいっていつも言っているわよねぇ?」  呆れたように溜め息を吐いて、彼女は肩をすくめた。 「違う。あれは木陰が…」 「何?言い訳?人のせいにするのは男らしくないわよ」  間髪入れずに木暮先生は叶さんの腕を掴んで引き寄せた。  普段の叶さんであれば、小柄な彼女に腕を引かれたぐらいではびくともしなかったろう。  だがしかし、この日だけは違った。 「え……うわっ」 「きゃぁっ」  この炎天下の中、ずっと走り回っていたせいであまりにも体力を消耗していたのだろう。  木暮先生の上に覆い被さり、もつれあうようにして転んだ。 「いたぁー」  木暮先生が打ち付けたらしい腰を擦りながら苦悶の表情を浮かべる。 「ちょっと、二人とも大丈夫ですか?」  結構派手に転んだので慌てて助け起こそうと手を延ばす。  その時、一瞬の間があって叶さんの体がビクンと痙攣した。 「………は」 「叶さん?」  不思議に思い、叶さんの顔を覗きこむと、なんと顔面蒼白だった。 「くしゅっ、くしゅんはくしゅっ、くしゅんっ」  半袖からのびた長く白い腕は鳥肌がたっていた。  もともと色白な人なのだが、いつも以上に病弱に見えた。  体を抱くように両腕を擦りながら、何度も何度もくしゃみを繰り返す。  どうやら相当に症状が酷いようだ。 「叶さん、ひょっとしてアレルギーですか?」  ポケットからティッシュを取りだして差し出すが、くしゃみが酷いせいか、受け取るのもままならないようだ。 「……見えねぇ」  くしゃみの合間に鼻声でそう言って手探りする叶さんにティッシュを渡してやる。どうやら目も酷いようで真っ赤に腫れた目から涙が溢れだした。 「……ありがと。アレルギーとかじゃないと思うんだけど、たまになる」  確かにアレルギーとは症状が違うようだが、この暑いのに叶さんは寒そうに震えていた。
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