一日前、午前

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「たまにって……原因は?」 「基本的には女に触られれば。酷いときには近付いただけでも駄目みたいだよ」  答えたのは、いつの間にか回復していた火爪さんだった。  木陰さんに至っては、いつの間にかいなくなっている。 「もう大丈夫なんですか?」 「叶くんが苦しんでる時に寝ていられる程馬鹿じゃないよ」  そうは言っても、火爪さんはまだ起き上がれないようで、伏せったままだった。  その状態で俺に向かって小さなケースを差し出している。  受け取るとそれはピルケースで、中に錠剤がいくつか入っていた。 「安定剤だよ。悪いんだけど水持ってない?」  確かバッグの中に飲みかけのゼリー飲料があったはずだ。 「あります、ゼリー飲料ですけど、大丈夫ですか?」 「いいよ、この際文句も言えないし」  火爪さんの声はいつもよりも少し低めで、機嫌が悪そうだった。 「……飲みかけですけど」 「……テメェのか?あぁ?」  一瞬、ほんの一瞬で、これは本当に火爪さんだろうかと思う程に、空気が張りつめた。先程よりもずっと低い声で俺を睨み付けてきた。 「いえ……皇さんのですけど」  突っ伏したままの火爪さんの表情はよくわからないけれど、少し迷っているようだった。 「皇ならまだマシか……」  そう呟いたような気がしたが、一際大きくセミが鳴き出してきて、よく聞き取れなかった。 「叶くんに」  火爪さんが、疲れでダルいのであろう腕を振り払うように叶さんに向ける。 「ゴメンねー火爪くん、手間掛け」 「ちっ!」  それはもはや、舌打ちと形容してもいいのか惑うほどの、態とらしい大きな舌打ちだった。  木暮先生の言葉を遮って発せられたそれに、俺も木暮先生も一瞬何が起きたのか分からなかった。 「ひづめ……」  叶さんに名前を呼ばれ、一瞬火爪さんが身を強張らせた。  しかしそれは一瞬の事で、火爪さんは震えながらも立ち上がり、木暮先生を睨み付けた。 「とにかく、これ以上叶くんに近付くな。それと俺にもだ。二度と話し掛けるな。もしもそれが守られなかった……その時は」  火爪さんがこちらに背を向け立ち去ろうとする。  彼のそんな冷たい声を聞くのは初めてだった。  木陰さんよりも、もちろん叶さんよりも、俺が聞いてきた他の誰よりも冷たい声だった。
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