一日前、午前

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 昇降口で雪比良と別れると、俺は一人部室へ向かった。 「失礼しまーす。すいません遅れまし……た?」  部室のドアを開けると、誰も来ていないようだった。 「あれ…?菱荻、早いね」  後ろから声を掛けられ、振り向くとそこには部長の福士皇(ふくしすめらぎ)さんがいた。 「あれ?確か九時からですよね?」  慌てて時計を見る。  九時を十分程過ぎていて完璧に遅刻である。 「あぁ……あれ、今……あ、九時過ぎてる。じゃ部活始めるね」  時計を確認すると皇さんが俺を部室に促す。  アバウトで訳のわからなさは新島凛寧の比じゃない。  俺が所属する文芸部は、実は入部に規制がある。  体験入部をして、部長、若しくは副部長が気に入れば入部。  そのせいか、女子の数は少ない。  副部長が大の女嫌いであるのも理由の一つだ。 「他の人はまだ来てないんですか?」  棚から原稿用紙の束を取り出しながら皇さんに尋ねた。 「んー、五人休むって連絡あった。あとはサボリ」  皇さんが出席簿を付けながら答える。 「って事は二人だけですか?」  欠席が多いのは決して珍しい事じゃない。  書くだけなら家でも出来るし、月末にある提出日に間に合えばいいのだ。 「そう。ドキドキする?」  皇さんが柔らかな笑みを向ける。  凄く綺麗で、神秘的だった。 「いや、ドキドキはしませんけど」  思わず目をそらして答えた。  顔が熱くなっている気がする。  別にこの人に対して変な気を起こしているわけじゃ無いのだが、皇さんは校内でも一番の有名人だ。  その理由が容姿と学力だけではない事は言うまでもない。  なんと言っていたか、何かの病気らしく、体の成長が止まっているらしい。  それから暫くは黙々と作業に没頭した。  シャーペンを動かす音と他の部活の声が聞こえるぐらいで、とても静かだった。
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