一日前、午前

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 さて教室にでも寄って帰るか、と廊下に出たら視線の先に蹲る人影が見えた。  近付いてよくよく見ると同じクラスの桐原琴吹(きりはらことぶき)だった。  具合でも悪いのかと声を掛けようと手を伸ばす。  顔を近付けると、ぶつぶつと何かをしきりに呟いているのが聞こえた。 「凛寧くん凛寧くん凛寧くん凛寧くん凛寧くん凛寧くん凛寧くん……ふふ、うふふふふふふ」  こ…こえぇ。  怖すぎるだろうこれは。  禍々しいオーラまで見える。  職員室に行ったって事は皇さんはこれをスルーしたのか。  まるで肝試しのようだ。  桐原は凛寧のストーカーだ。  時々警察に突き出したくなるくらい危ない行動に出ることがある。  時々。八割方ぐらい。 ただ、当の凛寧が面白がっているから周りが口出し出来る問題でもないのだ。  凛寧のファンの子たちからしたら、かなり面白くないだろうが。 「おやおや、菱荻クン偶然だネェ。今すめにぃと会ってネ、イイモノを貰ったんだ」  さりげなく横を通り過ぎようとしたら、桐原に目賢く見付かった。 「ジャーン!なんと凛寧クンお手製のクッキーダヨ!欲しいかい?欲しいかい?あげないよーだ!」  桐原の手には、可愛らしいピンクのリボンがかかった、薄紫色の包みが握られていた。  よほど嬉しいのだろう、桐原はクルクルと楽しそうに踊っていた。  すめにぃとは皇さんの事だ。  何故そう呼ぶのかも、二人がどういう関係なのかも俺は知らなかった。  それにしても桐原をあの状態にしたのは皇さんだったのか。  端からみると桐原のストーカー状態はかなり恐ろしいものがあるのだが、皇さんからしたら何も変わらない、いつもの桐原なのかもしれない。 「キミってサァ、場に流されやすいよネ。誰にでもああなの?」  桐原は居もしない誰かとワルツを踊っているようだった。  凛寧とでも踊っているつもりなのか、手が少し下がっている。 「ああって?」  桐原の言っている意味がいまいちわからなくて適当に返した。 「すっとぼけないでヨ、嫌だナァ」  クックッと桐原が喉を鳴らして笑う。  あまり笑っているようには聞こえない笑い方だが、桐原的にはこれで大爆笑のつもりなのだ。 「ああゆうの、すめにぃにはなんでもないんだヨ」  瞬間、顔面が沸騰したかのように熱くなった。  見られていた。  別にやましい事があったわけではないが、めちゃくちゃ恥ずかしい。
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