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「殺されるならアナタがいーの」
赤く小さくざらつく舌で、全身全霊の愛情を込めながら、彼女は愛しい相手の頬を舐めた。待つ先には決して幸せな未来ではない彼に、拙い表情でも愛の遊戯でも、美麗な称賛たる言葉でも伝えきれはしない想いを、思いながら必死で舐め回した。自らが付け足した傷も丁寧に従順に舐める。擽ったいと、月明かりの下で密に頬を染めた男に、一層に燃え上がる愛しさを感じながら。
「撫でて」
素肌を這う腕に、彼女は悲痛の叫びを漏らす。
「ぎゅってして」
幾本もの爪痕が立つ背中に、再び傷をつけて月に向かって鳴いた。鋭い脚の爪が、絹であろうシーツを引き裂く。
そして白い部屋に写る黒いシルエットは変化を帯び始める。月が堕ちるのだ。フランシスは金色の涙を流しながら喘ぎ、身体を反らしながら自らの在るべき姿に戻っていく。首筋に付けられた痣も、引っ掻かれた傷も、やがて覆われて消えゆく。
――ちりん。
熱を保った、震える魂の吐息が排出された直後、そこにフランシスの姿は何処にも無く……月夜の部屋の窓の下、真っ白なペルシャ猫が顔を洗っているだけだった。
「震える吐息」fin.
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