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    自分は演技をしている などとよく言うが、 役者でもない者が舞台でなく日常生活で演技をするということは、誰にも知られたくない物を少なからず持っているからであろう。 演技と言う程立派な物でもない、本職にしている役者に対し失礼である。 それに鎧と言うには貧相で貧弱だ。 メッキを塗っていると言う表現が相応しいであろう。 だが、塗り足せば塗り足す程に剥がれやすいのはマニキュアのようにも感じる。 分厚い物程、少しの力で簡単に剥がれていく。 そして浅はかにも、それに気づかずに塗り足し続ける。 誰にも知られたくない物というのは大体が己の弱く醜いと思う部分である。 (それは人それぞれ違う物) その部分は周り全ての人物、特に親しければ親しい人物に対して露にしたくない部分だ。 そして、弱い部分を知られたくない最大の相手が自分自身である。 しかし、親しければ親しい程、近ければ近しい者程、ほんの微々たる優しい力でメッキを剥がしてくるのである。 そして自分自身においては力など使わずとも、ソレから逸らしている視線さえ合わせれば、いとも簡単に見えてしまうのである。 そして物理的などんな衝撃にもかなわない攻撃的なショックとして自分自身に返ってきてしまう。 その「攻撃的なショック」に直面したくない、心がダメージを受けるのを回避しようとする方法として「演技」という手段を構築するのだ。 だが、長い間演技を続けるうちに、隠し続けたいものが何なのか忘れてゆき、自分自身を失ってしまうことがある。    
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