ゴーストタウン

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――――。 「井手口!?」 井手口の叫びは当然下野の耳にも届いていた。禁煙席の方向にショットガンを構えるが、聞こえてくるのは途切れ途切れの悲痛な声だけで井手口の姿は全く見えない。 「放せ!!」 おそらく井手口は死者に襲われているのだろう。下野はショットガンを持って禁煙席の方向に駆け出した。 ガツッ! 突然の衝撃に下野の体は素直に動き、客席に倒れた。当の本人でさえ何が起こったか分からなかった。物音がしたと思うと、突如右肩に強い衝撃が走り、自分の体が投げ出されていた。 客席の椅子に背中を押し付け、まるで寝ているかのような姿勢だったが、見知らぬ男が乗り掛かって来た時、ようやく自分は客席の死角から体当たりを喰らって突き飛ばされたのだと分かった。 しかし男は死者ではない。手にはしっかりと包丁を握り、下野目掛けて振り下ろそうとしている。もちろん下野は必死に男の包丁を持つ腕を掴んで、刃の進撃を止めている。 黒いシーツを頭から着込んだ奇妙な格好の男だった。彫りの深い顔からして四十代だろうか。 「生き残りがいるぞ!」 下野を組み伏せる男がそう叫んだ。
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