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そんな風な葛藤をしていると、後ろから急に声がした。
どこかで聞いたことがある声だと振り返ってみると、幼馴染みの“あいつ”がいた。
白いコートに赤いチェックのマフラー。
あいつは昔と変わらず、元気そうにしていた。
そんなあいつに僕は最近の話をせずに、“彼”に会いに来たと説明した。
あいつも彼を大分前から知っていて、今でもこの時期によく会うのだという。
しかし、今日はまだ会えないらしい。
朝早く散歩のついでに行ってみたのだが、いつもの場所に彼はいないと、言っていた。
「昨日なら会えた」
寂しそうな顔になった。
それなら丁度いい。
もう会わないでおこうかと思っていたところだ。
こういう風に最初からなるようになっていた。
それでいいじゃないか。
「会いに行ったけど、いなかったから帰ってきた」
それでいいじゃないか。
そうだな。帰ろう。
ハンカチもきっと彼のものじゃない。
それに、彼も僕を覚えていない。
決心はついた。
そう思って、あいつと別れるため挨拶をしようとした。その時だった。
「待って」
あいつが止める。
僕はまだ何も言っていない。
しかし、表情から帰ろうとしていたことがわかっているようだ。
「彼は会いたがっていたよ」
その言葉に耳を疑った。
そして半ば怒って僕は「あいつは喋れないし、顔も自分じゃ動かせない。ましてや、テレパシーなんかも使えない。そんななのに、“会いたがっていたよ”なんて…………」
それを聞いても、あいつの顔は変わらなかった。
しかしその優しそうな目付きが鋭くなるのがわかった。
「大人になったんだね」
その言葉に誉めはなかった。
むしろ哀れみを感じている。
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