伊藤幸宏の「ありがとう」

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 「お前は32か」 「あぁ。もう32だよ」 「まだ、32だろ。俺に追い付くには後28年もある」 「それはそうだけどね。一般社会から見たら、もう、32だよ」 「…そうか」 親父は少し寂しそうな顔で酒をあおる。 「来年、また受けるか?試験」 「………いや、もう諦めるよ」 「…金なら心配するなよ。会社からガッポリ退職金ふんだくってやるから」 退職金は親父たちがこれからの人生を暮らすのに大切なものじゃないか。 年金なんてたかが知れてるわけだし。 それに、まだ家のローンが残っているのを私は知ってる。 「うん。もういいんだ。今まで自分なりに一生懸命やってきた。それでもダメだったんだ。ここが諦めるいいキッカケだと思うんだ」 それを聞いて、親父はいつになく真面目な顔になった。
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