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「…解ってちょうだい、お父さんも心配なのよ」
母は玄米茶を来客用の湯呑みにゆっくり注ぎ入れた。ふわりと白い湯気が立つ。
「縁起でも無いけど、やっぱりロケットって、何か起こったら先ず助からないでしょ? 勿論そうならない事を私も父さんも祈ってるけど。…それでも、それを覚悟した上で、賛成なのね?」
姉はしっかりと頷いた。
「私、彼の夢を叶えてあげたい」
母は義兄に視線を向けた。
「宇宙飛行士に選ばれるなんて、きっと宝くじに当たるより凄い確立だと思うの。そしてその結果を引き寄せた貴男の意志と決意も並のものじゃないはずよ。誰に反対されても行くつもりなんでしょ?」
はい、と答えると義兄は土下座の様な格好で両親に頭を下げた。
「僕の我儘で…本当に申し訳ありません!」
私はその成り行きを、和菓子の詰め合せから選び取った道明寺を噛りつつ呆然と見守っていた。
…こんな状況でもやっぱり虎屋の和菓子は美味い、とか考えながら。
結局、姉が無理矢理父を納得させる形で義兄のNASA行きが決定。
彼は翌月渡米し、宇宙飛行士になるための訓練を受け始めた。
その間、姉は厳しい訓練や言葉の壁に悩んでいたという義兄に毎日励ましのメールを送り、三日に一度国際電話をかけ、梅干しや納豆といった日本の味を毎月欠かさず送っていた。
そして先週、遂に義兄は宇宙へ旅立って行ったのだ。
誰よりも義兄を応援し、彼の夢の後押しをしていた姉。
私は彼の夢を叶えてあげたい。
宇宙になんか行ってほしくなかった。
…言っている事が矛盾してるよ、お姉ちゃん。
どれが姉の本心なんだろう。
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