彼は遠くへ行く

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かなかなとヒグラシが静かに鳴いている。 じっとりと暑苦しかった昼間の風が嘘の様に、外から差し込んでくる風は涼しくて気持ちが良い。 私は濡縁に座って足をプラプラ遊ばせながら、ぼんやりと茜色から濃い藍色へと変わり行く空を眺めていた。 「ねぇ、網戸閉めてくれない? 蚊が入ってきちゃう」 台所から姉の声がかかる。 「どうせなら窓閉めてクーラー点けようよ」 よっこらしょと濡縁から腰を上げ、台所で忙しそうに作業する彼女を覗きながら提案してみる。 姉は眼鏡を湯気で曇らせながらコンロの前に立ち、大きな鍋の中で泳ぐ鰹節を網杓子で捕まえていた。 「だめよ、私冷房って苦手なの。電気代もかかるし」 暑い火の傍で作業をし、Tシャツの下のブラのラインがはっきりと分かる位に汗をかいているくせに、にべも無く断る。 「けちー!」 ぶーっと口を膨らませながら、冷蔵庫の上の扉を開けスイカバーの袋を引っ張りだす。 「あんたねぇ、ご飯の前に甘い物は止めなさいよ」 「だって暑いし、お腹空いたんだもん。ね、ご飯まだ?」 ビリビリと包装を破りスイカバーをしゃぶりながら尋ねると、姉はやれやれ…と呆れた表情を見せた。 「たまには自分で作りなさい。もう子供じゃないんだから」 「子供だもーん、今年いっぱいは成人じゃないもーん! で、今日の晩御飯は何なの?」 ちらりと辺りを見ながら尋ねてみる。 まな板の上には万能ねぎの小口切り、隣にはすり下ろした生姜。 近くのキャスターの上には素麺の束……。 成る程、コレはもしかして…。
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