彼は遠くへ行く

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約1年くらい前だろうか、姉夫婦が私の家(姉にとっては実家だ)にやって来た。 「宇宙に行こうかと思っています」 居間のちゃぶ台の上に、和菓子の詰め合わせの入った小箱を置きながら義兄はそう切り出した。 「「「は?」」」 ちゃぶ台の上座にどっかりと腰を落ち着けている父と、和菓子に手を伸ばしかけた私、姉と義兄にお茶を出そうとしていた母の声が見事にハモる。 「NASAの宇宙飛行士募集ってのに応募してたの。この前最終選考が有って…で、受かったんだって」 姉が素気なく、無表情で補足説明してくれたお陰でようやく私達は意味を理解することが出来た。 「へぇ~! あれって倍率すごいんでしょ? お義兄さんすっごい!!」 「まぁまぁまぁ、じゃあ家族に宇宙へ行く人がでるのねぇ」 無邪気に感心する私と母。 だが父の反応は複雑なものだった。 「宇宙飛行士…なぁ。小さい頃からの夢ってやつか?」 ぼそり、と父が義兄に問う。 「はい。子供のころからずっと夢でした」 彼は父の顔を見つめ、しっかりと答えた。 「まぁ、判らんでもない。俺も昔、アポロが月に着陸した時のニュースは鮮明に覚えているよ。人間は凄いことをするもんだと感動した。俺も行ってみたいと思ったもんだ。いや、俺だけじゃなくって、当時の若い男は多かれ少なかれ、あれを見て感動して、自分も――と思っただろうさ」 だけどな、と言葉を切り父は母のほうをちらりと見やる。 「その時おれは会社に入社したばかりだったし、母さんとも結婚したばかりだった。そんなことは夢物語にしか思わなかったさ。君、今の会社はどうするんだ? 確か市内の……?」 「はい、市内の県営プラネタリウムの職員をしています。そこは辞めるつもりです。NASAの職員になれば給料も上がりますし」 「会社は辞める、か」 ふん、と鼻を鳴らし父はじろりと義兄を睨んだ。
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