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自分の教室に戻る。教科書諸々の入った鞄は机の右側のフックに下げたままだった。鍵を取り返しすぐ帰るためには、鞄がお供にいなければ、心許ない。教室には数名のクラスメイトが座っていた。私は気にせず、机に向かう。
鞄はたすきをかけるように背負うタイプの物で、教科書諸々を詰めてすぐ、左から背負った。右下にある紐は、たすきがずれないよう固定するための補助的な機能を持つ。それは背負う帯に留め具で留めるのだが、今は止めておいた。
歩く度、帯が肩から落ちそうな気配を窺わせるが、気にしない。それは気配だけで、落ちないことを知っているからだ。
右下の紐は、手持ち無沙汰にふらふらと揺れていた。
先輩の教室まで来た。廊下にはまだ何人かの生徒がいるようだったが、帰る素振りが見えたため、私は何も思わなかった。
上級生の教室がある階へ来たのは、いつぶりだろうか。一度だけ、数人で訪れたことがある。用件も日時も忘れたが、その時は馬鹿みたいに緊張して、俯いていた。今はクラスを確認しなければならないので、顔を上げて歩いた。
改めて、携帯電話に残された忌まわしいメールを覗く。確かに間違いはない、ここだ。中は曇りガラスが全閉していたため、知ることは出来なかった。──入りたくない。
「早かったですね」
「!」
バシン、と音がした。痛烈な音だった。背後からの敬語に驚いた私が、勢いよく振り向いたのと同時に、その音はした。先輩の顔に歪みが発生する。原因はすぐにわかった。
「すみません」
「かまいません、よ」
「先輩、痛いですか。」
「……えぇ。」
私の鞄を落ちないよう固定するための、あの右下の紐が、勢いを味方に付けて先輩の脇へ直撃したのだ。先端にはプラスチック製の留め具が付けられている。痛くないわけがない。
なんとなく、気分が晴れ晴れしたことは、言わない方が賢明だろう。
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