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階段を上りきったとき、目の前に先輩がいた。躓かないよう下を向いていたので、急に現れた錯覚に陥る。放課後になってから、まだ3分と経っていない。先輩は、私が使う階段を予想してここにいたのだろうか。
「おかえりなさい」
「た、ただいま」
条件反射とは怖いもので、家族と毎日交わされる挨拶はどこで誰に言われても、返してしまう。TPOの全てが食い違っているはずなのに、それを感じさせない先輩は、やはり尊敬に値するのか。
自然で不自然な会話より気になっていたことがあったと思うのだが、消えてしまった。まるで挨拶とともに吐き出してしまったようだった。
「どうでしたか?」
「何のことでしょう」
まず、何はともあれ職員室に向かわなければならない。帰校したことを伝えなければ、下校が出来ないのだ。帰り際に刑事がそう言っていた。
先輩は同行するつもりらしく、私に合わせた歩調で隣を歩く。追い払う必要もないし、この後には用件もあるので、放っておくことにした。昼休みの話を聞きたいのか、先輩はいつにない積極的な姿勢を見せている。
「知っていますよ」
「後で話しますから」
何を知っているのか。私が聞きたいくらいだ。しかし、廊下は下校する生徒で溢れているのだから、ここではあまり話したくもない。
今だって、私は警察に連れて行かれたということで、注目を浴びている。先輩も、何かと目立つ人だ。有名人の二人が連んで歩いているだけで、どうにでも噂は走り出す。こうなってしまえば本心は、関わりたくないの一言に尽きた。
「鍵を渡しますから、教室まで来てくださいね」
「今、渡してくださいよ。」
てっきり、鍵を渡すために私を待ち伏せしていたのだと思っていた。話だって、後日にと考えていた。何故、わざわざ教室まで伺う必要がある。
「メールにクラスを記しましたから、教室はわかっていますね。では、後程。」
「無視ですか。ここに来てとうとう無視をしますか。先輩」
にこやかに、且つ、さわやかに、先輩は私の言葉など聞こえない、と書かれた背中を見せて、去った。振り返ることもしない。
鮮やかな無視を痛感しつつ、私はいつの間にか停止した足を職員室に向けた。すでに到着していたのだ。瞬間移動を果たした気分を噛みしめ、扉を開ける。
「おかえり」
「た、だいま帰りました」
担任は、疲れたんだな、帰っていいぞ。と口早に告げ、職員室を出ていった。
なんだか、寂しくなった。
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