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グラウンドを見下ろす高さがいつもと違うことに、ここが他クラスの教室であることを教えてくれた。私と先輩は、誰もいない教室に二人きり、窓際の席で対峙していた。机一つを挟み、前にいる先輩は、椅子に対して横方向に座っている。
もしも、私が先輩の覆面を知らないでいたら、さぞかし胸ときめかせるシチュエーションだったのかもしれない。放課後の教室、少しだけ空しい。
先輩は私の心情を知る由もないだろう。なんせ、私の声は聞こえないことが、ついさっき判明したところだ。嫌みも込めて睨んでみるが、意味はなかった。先輩はグラウンドを見ていた。
何かあるのか、聞いてみる。返事はなく、微笑みだけで答えられた。もちろん、私には答えの内容を読みとることは出来なかった。
先輩が動く。挟んだ机に置いていた私の鞄を、横のフックにひっかけたのだ。意図はわからない。ただ、その動きだけを見ていた。
「鍵、鞄の中に入れてたんですか?」
動きが静止したタイミングを見、問う。廊下で渡せなかったのだ、ここにあったからとしか考えられない。手のひらを差し出し、催促する。
「返してください。」
「わかりました。」
返答は早かった。先輩の鞄は前の席に置いていたので、先輩は振り返らなければならない。しかし、その動作は見られなかった。
悠々と、左胸ポケットから出てきたのだ。キーホルダーも何もついていない、私の鍵。
「どうぞ」
「そんなことだろうとは思ってましたよ。先輩、嫌いです。」
「それはすみません。」
謝る気のない笑顔。私は先輩に対して感じている感情の八割は、諦めだ。二割は畏れ。きっと、この人に勝てる日は来ないんだろうな、と思った。
それにしても。まさか、絶好の告白チャンスで嫌いだと言う日が来るとは、夢にも思わなかった。私に青春は訪れないのか。なんて悲しい女子高生なんだろう。
鞄がフックにひっかかっているおかげで、私は逃げるタイミングを逃していた。なんてことだ。
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