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何か、スイッチを押してしまったのだろうか。もしくは、初めからそのつもりだったのだろうか。先輩は、容赦なく覆面を脱いでいく。それも今までのは小手調べだったらしく、私が気付いたとなれば、もう止まらなかった。
先輩を知る人間がこれを見たら、泣いてしまうんじゃないかと思う。普段の微笑みや恭しい敬語、それが覆面だと私が説いたとして、信じる人間はいない。私だって信じたくはない。それほどに今の先輩は通常と違(たが)っていた。
ちなみに、私が泣かないくらいに平気な理由は、初対面時にこの先輩を知ったため。敬語が豹変したあの時の衝撃は、後生忘れない。もしも、私が流行りに敏感でいて、先輩の綺麗な噂を知った上の出会いだったなら、それはそれは大粒の涙を流していただろう。そして、綺麗なハンカチで涙を拭われていただろう。
「それで、先輩は遺書の内容を知りたいんですか?」
「あぁそうだね。知りたいかな。」
声のトーンが、落ちている。敬語の消えた話し方は静かで控えめにも関わらず、よもや圧殺されかねない雰囲気を醸していた。
ただ同時に、ようやく先輩と会話が出来たようにも感じられた。イエスノーだけでは会話にはならない。いつかの坂道のようなあれは、対話だ。他人が他人に話すような距離感を図っていた。
「君が本当におかしいと思ったのは、他殺の隣にあった遺書の存在じゃない。内容だ。」
言い得ている言葉に、距離は感じなかった。先輩が何を考えているかはわからない。でも、先輩に何かスイッチが入ったように、私にもスイッチが入ったようだった。
「その通りです。親友はあんな理由で死は望まないから。」
封筒から目線をあげる。覆面のない先輩を初めて見ることになった。
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