🍸ブルーグラスの破片💥

『幸せな時』

　私は彼が好きで、どうしようもなくなってあの話をした。
　別れるひと月くらいまえ私たちは、普通の恋人たちのように宿泊した。最初で最後のお泊まりだった。それは、本当に幸せだった。
　それに際だって今が不幸に見えてしまうほどだった。

　二人そろって電車を降り、「こっちの方が少し寒いね」と話しながらタクシーの列に並んだ。乗ったのは、まるで何も関心がないような顔をした運転手のタクシーだった。ウイが旅館の名前を告げると、事務的に返事をし車を走らせる。真っ白いノリのきいたシートが張り付く席に深々と座る私たちは、空気感さえも楽しんでいた。お互いと過ごすためだけに二日という時間を作り、有意義な時にするためだけにエネルギーを注いだ。
　私はただ彼といることを楽しんでいて、座席にちょこんと乗る二つの手が組み合わさっているのがウイとの間にあるだけで満足だった。
　車が小道に入っていく。ジャリジャリと音を立てて、舗装されていない道を走る。私たちは二人して上下に揺れ、車の動きに振り回された。顔を見るとウイも楽しそうにしていた。