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先にオーダーしたビールが運ばれてきたので、グラスを傾け乾杯をする。
「俺はイタリアンでもビール党なんだけど、紫織ちゃんはワインのほうが良かった?それとも飲みやすいカクテルか何か頼もうか?」
「いえ、ワインの味は分からないので、ビールのほうが飲み慣れてていいです」
内心は堅苦しさに疲れて、既に帰りたい衝動に駆られていた。
こんな誘い、最初から断わるべきだったのだ。
わたしがわたしらしくいられない空間は、精一杯の背伸びをしなくちゃならなくて、窮屈さに息がつまり、少しも楽しくない。
作り笑顔を保つことを過剰に意識するあまり、どんな美しい繊細に盛り付けられた料理を目の前にしても食欲が掻き立てられることがなかった。
それでもはしゃいで演じることは続けて‥
「わぁっ」
「このソース美味しい」
傍目に見たら指さして笑いたくなっちゃうぐらい下手くそな芝居だったと思う。
だけど、澁澤のせっかくの好意を無駄にちゃいけないって、がっかりさせちゃいけないって。
脅迫観念のようなものに苛まれて、ただ彼の言葉に頷きながら話を合わせていた。
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