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「ごきげんよう」
カレンは交差させた両腕に跨がせるように、赤い布を抱えている。
それが異様に長い。
胸の前で持っても、その端は容易に地面と接触していた。
「それ……」
「受け取って下さい」
夜巳は手渡される布を手に取った。
意外と軽い。
ズキン、ズキン……
「ぅ……」
消えない痛み。
和らぐ気配の無い電流が、夜巳の細い神経を侵していく。
「それは“聖骸布”と呼ばれるものです。それを、両腕に巻いてみてごらんなさい」
ズキン、ズキン
痺れる感覚のせいで、手に力が入らない。
注射針を射し込まれ、中で何度も肉を掻き乱されるように細かい、今までより強い痛みだ。
「……解放されますよ」
カレンは既に結末を見通したように、勝ち誇った顔をした。
夜巳は言われた通りに聖骸布の右端を右腕に巻き付け、残った端を左腕へと繋いで同じように腕を巻く。
…………
「痛くない……」
「──では」
フフ、と小さく笑った後、用事は済んだと言わんばかりにカレンは軽い会釈をして立ち去ろうとする。
その動きに無駄は無かった。
「待って」
夜巳が呼び止めた。
「なんで、これをわたしに?」
「……私としては、人が苦しむ姿も大いに結構なのですが。貴女に腕に呪いを刻んだまま天へと召されられては、神に仕える身としてそれ自体が反逆行為に当たるかと……私はそう思ったまでです」
前半の一文は、とても修道女(シスター)の台詞とは思えなかった。
だが、痛みは今では完全に失せ、指も柔らかく動く。
どういう原理かは判らないが、カレンが自分から苦痛を取り除いてくれたことには変わりない。
「あ、ありがと……」
やりきれないモヤモヤした気持ちを押し込めて、少し照れくさそうに夜巳は俯いて呟いた。
「その聖骸布は決して外さぬよう……。外せば貴女は、また同じ目に見舞われます」
頭上で2人を照らす街頭が1つ点滅する。
暗くなったり、明るくなったりの中で、カレンは弱々しい光を浴びながら去っていった。
「…………」
強ばらせていた腕を下ろす。
太股に、両腕の間で余分に弛(たる)んだ聖骸布が引っかかった。
布切れの手錠状態。
「……切っても大丈夫かな」
不思議な腕の痛みを取り払ったありがたい聖骸布なのだが、動きが阻害されては何かと困る。
夜巳は聖骸布の弛んだ中心部分を、両手で上下に力強く引っ張った。
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