実利劑

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>「あなた、話があるわ」  妻はノックもせずに部屋に入ってきた。僕は窓の外のベランダにいた。双眼鏡から目を離し、部屋に戻る。ドアの前に立っている妻と僕の間にも、今眺めていたのとそっくりなミニチュアの街がある。 「もう夜中よ。何やってるの」 「次は市民ホールを作ろうと思って、観察していたところさ」 「何のためにやっているのかって聞いているのよ。それ、出来上がったら高く売れるの?」 >「違う、これは趣味だ。趣味に、目的なんてないんだよ。ここから見えるものの全てを、細かく再現していくこと自体が楽しいんだ。道ばたのゴミ箱一個でも、形と色を正確に再現するのはとても大変だ。素材の選び方とか塗料の混ぜ方なんかをいろいろに試して……」 「ばかばかしいわ」  女房はぴしゃりと言った。 「模型作りなんて、そんな子供じみたことで時間をつぶして。そのエネルギーを仕事に使ったらどう」 「仕事は仕事で真面目にやってるじゃないか」 「じゃあ、いつまでたっても出世できないのはどういうわけ?」
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