実利劑

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> その時始めて気が付いた。女房は手に何か小さな白いものを持っていた。 「これを飲んで。今すぐに」 「な、何だよ」 「手に入れるのにずいぶん苦労したわ。記憶をリセットする手術があるってことは聞いたことがあるでしょう。それと似た方法で、人の性格を変えることのできるクスリがあるのよ。っていっても大げさなものじゃないわ。"良心"の部分を減らす作用があるだけ。無駄な良心がなくなると、人ってすごく実利的になれるものらしいわ」 「良心を減らすって……つまりそれを飲んだら悪者になってしまうってことじゃないか」 >「仕事では、悪者にならなければいけないこともあるのよ。あなたには家にこんな子供じみた趣味があるから、会社では負け犬になっても構わないと思っている。そうでしょう。あなたは頭もいいし、手先も器用だわ。気持ちをちょっと切り替えるだけで、なんでもうまく行くはずよ。さあ」  手の中に白い粒を押しつけられて、僕は観念した。いつも彼女はこうして僕の背中を押す役回りだ。逆らうことなんてできない。目を閉じて粒を口に放り込んだ。
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