一章・蛇と林檎 ~1~

4/4
前へ
/8ページ
次へ
だがその視線に蔑む様な、指をさして笑おうとする邪悪さや底意地の悪さは感じ取れない。 ドジをしでかした愛すべきキャラクターを微笑みを浮かべ見守っている、そんな感じだ。 高等部の全校生徒500余人。 幼稚舎から大学部まで、大多数の生徒がこの私立学園で学生生活を過ごす。 生徒が全て女性という世界において、若い青年というのはそれだけで愛される存在となる。 青年本人にその気があろうとなかろうと、だ。 我が校ではアルバイトは禁止されているので、異性と知り合う場所など限られてくる。 彼女達は家庭と、友人と、学校と、塾と……。そんな狭い世界の中で生きている。 狭くて、暖かで、変化に乏しい。素敵な学校生活。 可愛らしい生徒達の傍らで、一応「外の社会」を知る機会のあった年齢的に見れば大人の私は、小さく哂う。 ねぇ、そんなに恋がしたい? 手っ取り早く近くの男に憧れるんだ? それはかつての自分自身にも言える言葉であった。 否、今の自分にも当て嵌まるのか。と私は微かに己をも哂う。 ここは変化に乏しい楽園で、彼女達はずっと退屈をしている。 多分、エデンの園とはこういう場所ではないかと思う。 不変の楽園で、彼女達は退屈しのぎのように真赤な林檎に憧れている。 煮えたぎるマグマに身を落とす様な恋では無く。 砂糖でできた雲の様な、ふわふわと甘い恋に。 そんな林檎に憧れている。 ポケットベルが携帯に変わり、スカートの丈が短くなりまた長くなり、靴下が緩いデザインイなったかと思えば、ぴったりしたモノになり、金髪で茶髪で巻いていて。 それでも、彼女達は少女は永遠だ。皆違うように見えて、同じ。毎年、同じ物体が去り、そしてまた入荷される。 故に、この楽園は永遠に続く。 私達教師は、楽園の番人なのかそれとも永遠に呪われた牢獄の中の住人なのかわからなくなる。 たかだか数年ここで過ごしている私ですらそうなのだ。 思う。大和田教諭もきっと牢獄の住人なのだろうと。 貴方はあの頃の「若い教諭」ではないのです大和田先生。 出槌の様に、少女達から慕われていた貴方ではないのです。 頭が剥げて、お腹が出て、中年の、オジサンなのです。 彼はそれに気付いているのだろうか?気付いているからこそ、出槌にああも不快感を露にするのだろうか。 彼女達は永遠に少女で、私達だけが年をとっていく。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加