‐できれば僕は平穏な生活を過ごしたいのに‐

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 しかし、この人の本当に凄いところはそこじゃない。  これは僕個人の考えだが、恭子さんの一番の武器は何よりもその洞察力だと思っている。眼力と言っても良い。  昨年このコンビニを襲いに来た強盗を未遂で捕まえた事もその裏付けとなりえるし、何よりもその大きな黒い瞳で見つめられると心の内まで見透かされているような気分になるのだ。  嘘など吐こうものなら即座に『嘘でしょ。』と見破られてしまうし、更に嘘を重ねようものなら『三角コーナーに湯煎したチョコレート流しちゃうから。』と言われてしまっては、泣きながらごめんなさいと白状するしかない。  そんな恭子さんに泣かされそうになっている函薙とて、凡人の二文字は相応しくない。  これは恭子さんから聞いた話だが、函薙はそもそも、県内では敵無しだとか強豪校だとか言われる高校の野球部で一年の時からスタメンの内野手に選ばれる程、状況の変化には俊敏且つ機敏に応ずる凄い人間なのだ。  そしてその熊のような体躯に似合わず、函薙は物凄く頭が切れる。  それはもう天才と呼べるレベルで、僕が勉強を見てあげた時はそれはもう物凄い飲み込みの速さで課題を終わらせていた。  その課題というのも授業をサボった所為で与えられた物で、テストで赤点を取ったとかそういうのではない。  数学教師は意地汚い事で有名らしく、出されたのはかなり高難度の問題だったのに、僕が買ったチョコレートを摘みながらなんか自力でなんとかしていたくらいだし。  もしかしたら函薙はキャッチャー向きなのではないかと思う。僕は深く野球に通じていないからわからないけれど、キャッチャーというのはとても頭を使うポジションと聞く。函薙なら上手く務められそうじゃないか。  前に、函薙に誘われて試合を何度か見に行った事がある。感想といえば、なんかすごかった、とそれしか言えないくらいすごかった。公式戦ではなく練習試合のようで、観客は市営球場に満員の一歩手前程度だったけど、相手は甲子園の常連と聞く程の強豪。  どちらも強豪と言われる程の実力を持っていて、でもそれなのに、コールドで函薙の高校が勝ってしまった。本当にあっさりとした幕切れだったのを覚えている。
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