街角

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一緒に死のうとあの人に言われた。 それなのに私は死ななかった…… 冷たい湖の底に沈む…… あの人は冷たく凍った様に動かない…… 私は沈まない…… 一生懸命湖から這い上がった。 彼女の『内側』 がむしゃらに働いて働いて働いた。 裕福になったが心は貧しいままだった。 高度経済成長の真っ只中の日本で私は小さく生きていた。 目まぐるしく変わる街や人…… 想像も付かなかった大きな建物…… アレの色を塗った人はどうやったのかしら…… そんな馬鹿な事を考えながら下ばかり向いて歩いていた。 私はいじけた女だ。 いじけて腐った女…… 融通の利かない頭の悪い女…… そんな女だった。 つまらない毎日を過ごしていた時、街角であの人に出会ったのだ。 あの人は文学の道を志して上京してきたと言っていた。 あの人の話は面白くて何時まででも聞いていたいと思えた。 話す言葉はまるで、音楽の様、優しく私に語り掛けてくれる。 あの人とずっとこのまま一緒にいられたら…… そう思う様になっていた。 一緒に暮らすまではそんなに掛からなかった。 私は働いて働いて働いた。 でも、あの人は…… 売れない詩を書くばかり…… いっその事小説家になればと言ったが、あの人は聞いてくれなかった。 詩人なんて、今の時代では売れない。 あの人が絶望するのも呆気なく堕ちて行くのも私はただ見ていただけだった。 死んでくれたら…と、さえ思う様になっていた。 「一緒に死のう?」 あの人が言った。 私は静かに頷いた。 二人で湖畔に向かい、お互いに足に重石を付けて一緒に落ちた。 私の重石がするりと取れて、沈まなかった。 あの人は…… みるみる落ちて行く…… さよなら。 それから私は一人の男に出会い、捨てられて会社のビルディングから落ちて死んだ。 後悔などしていないと思ったのに…… あの人を待っている。 あの人は…… 死んだ…… それを知っている癖になんであの人を待っているのだろう…… 死んでも馬鹿で頭の悪い私は何も変わらなかったんだ…… 誰の目にも留まる事なく、この場にいるのはあの人を待っているから。 来るはずのないあの人を……
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