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「ひゃっ!?」
旅人に頭を抱えられた。ばふっと胸に顔を預ける恰好になる。旅人の手はすぐに離れて、トレンチコートごと私を縛りつけた。
体温の上昇を紛らわすように上へと顔をずらしたら、旅人は吊り革を掴んでいた。
「しっかり、捕まってて下さいね。」
吊り革を軸に、一歩下がる。
前後車両の扉が開く。
何かの影が見える。
また一歩下がる。
ずるずると影が迫る。
息を呑んで旅人に縋る。
だん!!と鋭い音と衝撃。
風が吹き抜ける。
うごめく人影が一瞬に消える。
扉が二つ、流れるように視界を横切る。
さらにボックス席の車両を通過して、
また扉をくぐって、
「!!!」
衝撃。
ズザザッ、と砂利が鳴く。
恐る恐る目を開けたら、外に投げ出されていた。
「…間に合いましたね。」
旅人に抱き留められた恰好のまま、顔だけ上げた。三つに重なった列車に、大量の人影がうごめいている。
おおおう、と唸り声が漏れる。
「あ、れ…?」
赤錆色の大地に座り込んで呆然と列車を眺める。旅人は立ち上がって、トレンチコートの砂埃を叩く。
「扉をひとっ飛びしたんです。」
ふぅ、と一息。
「とりあえず隣の車両に乗り移ろうかと考えたんですけど、ちょうど窓が開いているのを見つけたので。」
視界を流れた二つの扉は車両を跨いだ時のものだったのか、と納得する。
「…じゃあ、最後のは…?」
「あれですよ。」
旅人が目配せする。その先を見たら、列車の大きな窓から黒い手がたくさん抜き出ていた。
「あ、あれをっ!?」
「いやぁ、一か八かだったんですけど。」
ふふっと笑って、手を差し延べられる。
さっき同じことをしたばかりなのに。
「…普通じゃない…」
「まぁ、そうですね。」
旅人の笑顔を見たら、なんだかどうでも良くなる。
再び、彼の手を取って立ち上がった。
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