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「あ、おはよう。…えへへ。」
皆が固まる。
「…どしたの?」
「いや、今日は早く起きれたから。」
隣に座る友達を尻目に、携帯をぱかっと閉じた。
「最近ずっと見てないよ~?」
「あ、寝坊。」
へへ、と困ったように笑う。
「単位大丈夫なの?」
「…聞きたくない…」
「もー、ちゃんと毎日起きて来てよ!」
あはは、と笑いながらルーズリーフを取り出した。
「ノート見せて下さい。」
「嫌だ。」
「えぇっ…」
「もう、次からはちゃんと来いよ。」
そう言いながらノートを貸してくれる友達に感謝。
授業が始まるまでに写せるだけ写そうとペンを走らせる。
すぐに頭はノートに並べられた用語を吸収したり、意味を理解しようと躍起になったりしている。
友達が近況を語り合っているのを聞き流していたら、先生がやって来た。
しぶしぶ写していたノートを閉じ、ルーズリーフを一枚。
程なくして、催眠効果のある声が続く。
ペンを、くるっとひと回し。
カリカリとあの瞳を描いてみる。
実際は茶色なんだけど、今は鉛筆色。
右目だけじゃ足りなくて、左目も。
整った鼻筋を描いたら輪郭が欲しくなる。
綺麗な金髪をイメージして、薄い鉛筆色。
華奢だけどしっかりした肩に掛かる長髪。
いつもの表情を表す、上向きの口角。
『――さん。』
愕然としてペンを落とした。
慌てて消しゴムで落書きを消す。
黒板の文字を追いかけて、追いついて、
もう一度、愕然とする。
…名前、知らない。
私の中で、彼はあくまでも旅人だった。
私の中の彼は、私を『貴女』と呼ぶ。
旅人と『貴女』の関係でしかなかった。
…訳のわからない哀しさ。
『今日は何で早く起きれたの?』
友達がルーズリーフに一言。
私は呆然としたままだったけれど。
ペンを取り直して。
『彼がいなかったから。』
と書いた。
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