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「旅かぁ。あんさん、どっから来たんだべ?」
「南の、海沿いからやって来ました。北に向かっているんです。」
さらさらの色褪せた金髪。緩く髪を一つに束ね、丈の長い上着を羽織っている。
「北はいけねぇや。大分物騒だって聞いたがや?」
「そうですか。」
ふわっと微笑んで、手を伸ばす。
「ありがとうございます。」
そう言って、私の手から冷茶を受け取った。
「おう、お菊。お前も話聞ぃとけぇ?旅人なんて珍っしーからよ。」
私の名前を呼んで、客が隣を促した。こういう時は、隣に座らなくてはならない。
「貴方は?」
「菊です。」
私は名乗った。
「菊さんはこちらで働いているんですか?」
「あぁ~そりゃあもうずっとだぁ?どこから来たか知んねぇけどよ。こぉ~んな、小っこい頃から住み込みで働いとるだべ?」
上下左右に手を振る客。身振りが激しすぎて隣を通った女性に当たってしまった。
「ゴン蔵、そんくらいにしときぃや!」
「あん?まだ俺は酔っ払ってねーっぺ?」
はいはい、と女性が耳を引き引き、ゴン蔵さんを追い出す。痛てて、とゴン蔵さんは引かれ引かれ外へと出ていった。
「ゴン蔵さん、の奥さん…?」
「いいえ。」
私は素直に答えた。
「桜さんはこの庵屋の女将です。」
「あぁ、そうなんですか。」
また、ふわっと微笑む。
「ところで…菊さんはこちらで住み込みで働いてるんですか。」
「はい。」
「働く、ってどんな感じなんです?僕は、旅人なんてやっている以上何も経験が無いので。」
「・・・」
私が黙っていると、背中に衝撃を受けた。
「イヤだよ、旦那。あんまりこの子にちょっかいかけちゃあ!」
ずいっ、と身を乗り出す桜さん。私の背中をぶん殴った拳は、そのまま捩るようにして背骨を痛め付けている。
「?――どうしてです?」
「まだ他にもたくさん芸者はいるだろ!?よりにもよってこんなハシタメ、隅で草履でも並ばせてやっとくれ!」
背中にくすくすと笑いが降りかかる。
「さあ菊!さっさと引き下がるんだよ!」
何事も無かったかのように、私は立ち上がった。旅人は複雑な顔で私を見ていた。
「・・・それでは、私はこれで。」
ぺこっ、と頭を下げて、少し小走りに後ろへと引き下がった。
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