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「・・・以上、です。」
部屋に案内して、食事とか風呂とかの説明を拙くする。客の部屋に通される時は、たいてい雑用ばかりだったのに。
「ご丁寧にありがとうございました。」
旅人は微笑んで、トレンチコートを脱いだ。
すかさず受け取ろうとしたのだけれど、近づくのが怖い。
一定の距離を保って手を伸ばしたら、疑問視されながらも旅人は笑った。
「いいですよ、気を使わなくて。それにこれは大分汚れてますし。」
すたすたと荷物に寄り、適当に被せていた。
「それでは菊さん、本題に入りましょう。」
ほ、んだい、?
いい今っ?
近づく影。
顔を上げたら端正な顔立ち。
長い髪が頬をくすぐる。
「――!!」
どうしよう。
怖い。
怖い。
怖い――
「これ。」
「・・・?」
旅人は私の首に掛かったペンダントを丁寧に持ち上げた。
それは小さな十字架のペンダントで、すす汚れた銀色だったので目立たなかった。
「貴方は…キリスト信者ですか?」
「キ、リスト…?」
「…宗教はこの町にありますか?」
「無いです…これは、」
「首都で手に入れた。」
「――!!」
すっ、と手が離れる。
「貴女、この町の生まれではないんでしょう?」
「…そう、です。」
見抜かれた。
…というべきなんだろうか。別に生まれを隠していたわけではないし。
「最初からそう感じました。助かりました、首都出身の方を探していたので。」
何故首都出身とわかったか、なんて旅人に聞いても意味が無い気がした。
「…もう首都のことは覚えていません。私は幼少の頃に家を出たんです。」
「それでも、道中は覚えているでしょう?」
「…それも、何年も前の話です。」
「構いません。道を教えて頂けませんか?」
「べ、別に、いいですけど…」
怖じけづいた反応に旅人は一瞬きょとんとし、
「ああ、別に貴女をどうこうしたりはしませんよ。」
にこっ、と笑み。
本当に、笑み殺しな人だ、この人は。
「皆さんプロですからね。こちらが嫌でも、無理矢理畳み掛ければ一晩くらいこぎつけるでしょうけど。」
…参った。意味を理解してしまったために体中が熱くなってしまった。そんな私にやっぱり旅人は微笑みかけて、
「貴女の本当のお名前は何ですか?」
と聞いてきた。
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