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起こるはずの何かは起こる事なく、東野は居心地悪そうに美和の視線から逃れようとしているだけである。
「白鳥さん?」
東野の声に美和が我に返る。
「……ごめんなさい」
美和は混乱していた。だから、どうして東野が自分の名前を知っているのかさえ考えが及ばなかった。
こんなこと初めてだった。
初対面の相手に何も起こらなかった、なんて事は美和の記憶を思い返しても初めての事ではないだろうか?
美和は自分の動揺を悟られないようにゆっくりと手にしていた単行本に視線を落とした。
あの能力がなくなってしまったのだろうか?
もしそうだとしたらこんなに嬉しい事はない。
ようやく自分も普通の人間になれたのかもしれない。
そんな考えが頭の中で巡っていた。
心の重荷がほんの少し軽くなったような気がして美和は自分が苦しみから解放されたかもしれないという可能性を導き出した。
その油断がどうやらいけなかったらしい。
その刹那、脳裏である映像がスローモーションで展開し始めた。
普通の人間なら絶対に見えないであろうその映像は幻覚、もしくは妄想ともとられてしまうだろうが、美和には慣れたものだった。
逃げ惑う少女に追いかける血まみれの男。
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