新たな選択。

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あの日、郁は兄の入院する病院で聖が働いていると言う事を知った。 夢であった看護士に、無事になれた事を本当に嬉しく思った。 「おめでとう」と言ってあげられなかった事が申し訳なく感じた。 「かおる…………どうして…?」 「…お兄ちゃんが入院してるの。 …………久しぶり、聖」 昔の記憶が蘇る。 あの時、自分の選んだ道に…後ろめたいからなのか、恥ずかしいからなのか、聖の顔を直視できなかった。 「…ああ。元気そうで安心したよ…。 今時間ないんだけど…後でゆっくり話せるか?」 郁は聖の誘いに答えられない。 「…………。」 「…ごめん、無理ならいいよ。 きっといつでも会えるし、気が向いたら会いに来て?昼休みなら時間取れるから」 そう言うと聖は散らばった荷物を拾い集め、両手に抱えてその場を去った。 郁は緊張からか手のひらがうっすらと汗ばんでいる事に気づいた。 あってはならない事が今、起きた。 選べるはずのないもう一つの未来が…見えた…。 病室へ行くと慎悟は雑誌を捲りながらベッドに腰掛けていた。 「…かおる?悪いね、いつも」 その表情には悪びれる様子などこれっぽっちもない。 「…悪いなんて思ってもないくせに」 郁は手際よく持ってきた慎悟の洋服を使用済みの物と入れ替える。 「…かおる、何かあったか?」 相変わらず鋭い。 「…別に。何もないけど」 郁はとっさに嘘をつく。 「…ならいいけどさ」 そしてまた慎悟は雑誌へと目を落とす。 できるだけここには来ない様にしよう、郁はそう思った。 しかし家族の都合と言うものも無視できない。 結局郁は自分の仕事の都合に合わせて頻繁にこの病院に出入りする事になった。 始めこそ聖に会わない様に警戒していたが、この狭い空間で会わないと言う方が不自然だ。 会ってしまったらそれでも良い、うまく交わさなければ。 しかし郁の警戒も虚しく、三日後には再び聖に出くわした。 断ろうと決めていたのに、心はそれを無視するかの様に聖に付いて行った。
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