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その夜、アテナはベッドの中で考えていた。
「結婚なんて絶対にしないもん。だって私には……」
言ってアテナが窓から外を眺めたその時、外から人の声が聞こえてきた。まだ幼いその声はあまりにもその場に不似合いで、アテナは起き上がって耳を澄ました。その声は、否、歌である。歌がテラスのほうから聞こえてくる。アテナは興味を持ってテラスに向かった。
「誰だろう、こんな時間に」
流れるような旋律は聞こえるが、内容が解らない。聞いた事の無い言葉だった。あまりにも美しく一寸の穢れも無い歌声と、激しくもなく静かでもない不思議な旋律にアテナは心を奪われた。
テラスに出ると、歌声の主、手すりの上にちょこんと座っている女の子がいた。うっとりするような短い黒髪と、後ろに二束の長い黒髪が伸びていた。左耳に白の、右耳に黒の星型ピアスをつけている。
「歌、上手だね」
アテナはその少女の後ろまで歩いてそう話しかけた。すると少女は歌うのをやめてアテナを見た。
目が会った瞬間、アテナはその瞳に吸い込まれそうになった。とても深く、碧(あお)く、澄んだ瞳。アテナが言葉を失っていると、少女のほうが話しかけてきた。
「お前はダァレ?」
「えっ?」
ボーっとしていたアテナは少し慌てた。
「あ、私はアテナ。あなたは?」
「ボク? さあ、誰だろぉね?」
言うと少女は手すりからピョンと飛び降り、アテナを見上げた。幼いその顔から、十代に届くか届かないかほどの子供だと思われる。
「遊ぼぉ、アテナァ。ボクと遊ぼぉ」
少女はアテナの返答を待たずに、寝巻きを引っ掴んでぐいぐいと引っ張った。驚いたアテナが慌てて少女を止める。
「ちょ、ちょっと待って! ねぇ、あなた、どこから来たの? 自分で言うのもなんだけど、私を知らないってことは、この国の子じゃないよね? それにさっきあなたが歌ってた歌の言葉も聞いたこと無かったし……。お父さんとお母さんは?」
「パパはお仕事中なんだぁ。ボクはこの国の子じゃないよぉ。さっきの歌はねぇ、ママが教えてくれたのぉ。もう死んじゃったけどねぇ」
「えっ……。そう、ごめんなさい」
アテナが謝ったが、少女はなぜアテナが謝ったのか解らない様子だった。
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