男はお人好しだった。

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燃料が足りないのだ、と彼女は言った。 機械人形の求める燃料というものが、よく分からなかったのでとりあえずトマトを差し出してみたが、やはり受け付けてはもらえなかったらしい。 まるで人間のように、ころころ表情を変えながら、少女は赤い塊をただじっと見つめている。 「新しい人形は、ご飯食べるの」 ふいに、顔をあげた少女がそんな事を呟いた。 男は、何を言っているのか最初は意味が分からず首を傾げたが、ああ、そうか、とすぐに頷く。 科学の進化とは素晴らしいもので、どうやら最近では機械人形も人間と同じように食べ物を食べれる時代になったらしい。 なんて恐ろしい事だろう。 着々と、人形達は人間とそっくりの模造品になる準備を進めているのだ。 「でも、私は食べないの」 「うん。旧式だからね」 少女はそれには何も答えずに、ふんふんふふんと奇妙な鼻歌を歌い始めた。 どこかで聴いた事があるような、古くさいリズムの歌だったが、男にはそれが何の歌だか思い出せなかった。 もしかしたら、彼の記憶にはその歌などカケラも存在していなかったのかもしれない。 それでも、胸の奥深くでは、どこか懐かしさというものを感じながら、彼は床に散らばったパンのくずを片付け始める。 「それで、君は何しにきたの?何で俺の家の前にいたの?名前は?何でそんな弱ってんの?あと、どっかで風呂入ってきなよ」 「オフロ先に入れだなんて、アナタはヘンタイなの?」 「誰も俺の家の風呂を貸すだなんて言ってないんだけどなぁ」 ききたかった質問に、彼女は何一つ答えようとせず、身を守るかのように自身の体を両腕で抱きしめて訝しげな瞳をするだけだった。 男は、呆れたように溜息をつきながらも、結局彼女のために風呂を準備してやった。 彼は極度のお人好しだった。 学生時代も「良い人」だと好評だった。 だが、それゆえに「良い人」止まりで終わってしまうため彼はモテなかった。
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