224人が本棚に入れています
本棚に追加
男は少女に急かされて絵本を描いている。
どの道、もともと今日は絵本を描いて過ごそうと決めていたので、別に反対する理由はなかった。
明日も明後日も、絵本を描いて過ごすつもりだったので、別に良かった。
少女は彼の後ろに体育座りで座りこんで、今か今かとくだらない絵本が作られるのを待っている。
短い話を一冊作り上げた時には、もう世界は夜に支配されていた。
電気の明かりだけが光る部屋の中で、少女は男の書いた絵本を見ながらひとしきり笑った。
楽しい話ではなかった。
とても、悲しいお話を男は描いたはずだった。
なのに、少女は笑っていた。
「とてもハッピーエンドなお話なの」
おまけに、そんな事を呟き始める始末だ。
少女が、どうしてここにきたのかを問い詰める事も、名前を聞く事もすっかり忘れてしまった男は
「いや、バッドエンドだけど」
と小さな声で呟いた。
彼はバッドエンドしか作れないタイプの作家だった。
いつだって彼の絵本には悲しみがつきまとった。
おかげで、絵本は人気が出なかった。
「アナタがバッドエンドだと思おうが、読んだ私がハッピーエンドだと思えば、このお話はハッピーエンドなの」
ずいぶんと勝手な言い分だと思ったが、男は言い返せなかった。
全てを決めるのは、作者ではなく読者だと彼は思っていたからだ。
売れる売れないは、結局読者が鍵を握っている。
作者が、「この本は売れる」と思っても実際売れない時もあるし、「この本は駄目だなぁ」と思った本が売れる事もある。
彼女の感覚が少しずれているというのは、男にも理解できた。
それでも、彼は彼女がハッピーエンドだと笑ってくれたのが、少しだけ嬉しかった。
彼は今まで『自分はバッドエンドしか描けない人間だ』と思っていたが、それは違ったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!