くどいようだが男は売れない絵本作家だった。

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その日、男は一人で外に出た。 トマトがそろそろ底を尽きるからだ。 おまけに、あの少女に、トマトばかり食べていると栄養が偏ると叱られた。 壊れる前は、メイドロボとかお世話ロボとかそういった類の機械人形だったのかもしれない。 少女の、有無を言わさぬ様子に、男はしぶしぶ買い物に出かける事にした。 途中の自販機で買ったトマトジュースを口に含みながら、男は、ふぅと息をつく。 堕落した世界に、失望するのはとうの昔に飽きた。 男は周りについて、何も考えたりはせず。 ただ、今日はどんな絵本を描こうか、とそれだけを考えていた。 「すみません」 彼女と弁護士以外の他人の声をこんなに近くで聞いたのは久しぶりだった。 だから、彼は最初それを勘違いだと思い、振り向こうともせず、買い物袋を持ち直した。 袋の中身は、案の定トマトのみだ。 家に帰ったら彼女にきっと怒られるだろう。 しかし、男はセールという言葉に物凄く弱かった。 今日もトマトのセールだった。 我慢できずに袋につめていた。 俺は良い主夫になれる。 なんて言い訳じみた事を男は頭の片隅で思った。 「すみません」 一日に二回も連続で空耳を聞くなんて。 やっぱり、この世界は堕落してしまっているのだ。 と、男は思った。 事情も自重も知らない空耳は、彼の後ろでハァと大きな溜息をつく。 空耳の溜息まで聞くなんて、やっぱり世界は以下略。 男が、本当に世の中に対して絶望しそうになっているのに感づいたのか、空耳、もとい少年は彼の背中を引っ張った。 「すみません」
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