くどいようだが男は売れない絵本作家だった。

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本日三度目になるその言葉を聞いて、ようやく男は振り返った。 16、17歳くらいの少年がそこには立っていた。 「君は何か俺に謝るような事をしたのですか?」 男の姿をじっと見つめれば、少しだけ驚いたように少年が目の前で目を丸くし。 「え?…あ、そうだったんですね。写真じゃよく分からなかった」とよく分からない事を呟いた。 しばらく、微妙な沈黙が両者の間に流れ、すみません俺は止まる事を知らないんでとばかりに終わる事なく周囲を漂う。 はっと我に返ったのか、少年が身振り手振りを使い言葉を吐き出してくれたおかげで、その沈黙はようやく男達の周りから去ってくれた。 「いえ…今の『すみません』はいわゆる、エクスキューズミーみたいな感じのやつでして。すみません、合っているでしょうか?異国語ってどうも苦手で」 「うん。で、何の用?」 「ファンなんです」 男は、飲んでいたトマトジュースをブハッとふき出した。 まるで喀血したかのように、自身の服に滴る赤い液体を一度見てから、もう一度少年の方を見やる。 「ファンなんです。サインください」 相手はもう一度呟いた。 そんな馬鹿な、と男は思い頭を抱える。 男は売れない絵本作家だった。 彼は、誰かにサインを求められた事など未だかつてなかった。
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