男は売れない絵本作家だった。

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何故、誰も自分の才能に気づかないのだと憤慨したのは五年ほど前の事だ。 三年前に、自分にその才能というものがそもそも存在しないのだと気づいた。 一年ほど前からは、才能という存在が実際にこの世にあるのかどうかすら分からなくなってきた。 数日前からは、そんなくだらない事を考える事すら、やめた。 ただ、とりあえず描くしかないのだと思った。 才能も技術も何もない自分に出来るのは、ありがちで売れない絵本を作る事だけだった。 それ以外には寝る事しか出来ないのだと気づいた。 だから、寝るくらいなら描く事に決めた。 堕落していた。 今日も、きっと家に帰ってトマトを一齧りしてから、机に向かいただひたすら絵の具まみれになるだけの一日が過ぎていくのだろうと思っていた。 それが変わったのは、彼が彼の家の扉につけられた鍵を開こうとしたまさにその瞬間だった。 まず、彼は自分自身の目を疑い。 すぐに、大きな溜息をついた。 何か面倒な事が起こりそうな時に、自分は溜息をつく癖があったのだという事を彼は思い出した。 そして、最近では溜息をつく暇も余裕も温もりもなかったのだという事も思い出した。 彼の家の扉の前には、一人の少女が座り込んでいた。 体育座りをしている少女の首元に、掠れかけてはしまっているが、何か数字が書かれているのに気づき、彼は数年前から街に流行をもたらしている存在を思い出していた。 人間と全く似ている形をした人形。 プログラミングされている言葉を、さも感情や意思でも持っているかのように喋る人形。 少女は顔をあげた。 漆黒に染まったガラス玉の瞳が男の姿をとらえる。 機械人形というやつだった。 流行にも人形にも興味がない男には、無縁の存在だった。 「コオロギの話を信じなかったの?oihcconip」 「ん?」 「重大なエラーが発生いたしました。一度全ての機能を終了いたします。ご不便をおかけしてしまい申し訳御座いません」 その上不良品だった。 男は思う。 堕落しているのだ、何もかも、と。
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