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……それから1時間後。
親バカでは片付けられない程の娘溺愛な和葉の両親をようやく追い出し、ユイはぐったりと自分のベッドに転がった。
「はぁ……」
重々しい溜め息をついて、ポケットから携帯を取り出し開くと画面に『Eメール 一件』の文字。
開けばそれは和葉からのもので、ユイはうんざりした顔でそれを開く。
『今夜7時に幽霊屋敷前! 少しでも遅れたら罰ゲームだよ!! じゃあ後でねー』
ピッ
何事もなくそのメールを削除し、時間を見る。
午後5時半。
あと1時間半、着くまでの時間を考慮してもあと1時間はある。
――それ以前に、ユイには行くつもりもないようだが。
「……腹減った」
ふっと湧いた食欲のままに、台所へ行こうとユイはのろのろとベッドを降り、部屋を後にした。
その時。
ピンポーン
「ん?」
ユイは首を傾げて階段を降りて玄関へと直行する。
麻乃がいないのを確認し、ドアの向こうの誰かへと声をかけた。
「どなたですか?」
「そのお声は……ユイ様ですね」
「げ」
この淡々とした事務的な女性の声。
ユイには聞き覚えがあった。
(……今度はスミレか)
「お迎えに上がりました。お支度を」
「梓さん、私行きたくないんですが」
「申し訳ありませんが、お嬢様がすでに現地で待っておりますので、その希望は却下です」
ドアの外側に立つ、長身でベリーショートの黒髪、黒いサングラスをかけたスーツ姿の怪しげな女性、梓はそう告げて一歩足を後ろへ引く。
静かに深呼吸し、腰を深く落とした。
「ユイ様、梓を困らせないで下さいませ。これ以上拒否なさるならば、実力行使となります」
「あ、梓さん!?」
(これはまずい。絶対)
ユイの顔からざあっと血の気が引き、慌ててドアノブを掴んで引っ張った。
「梓さんストーップ!!」
「……っ!」
扉を開けた瞬間、顔面を一気に吹き抜ける風を感じた。
恐る恐る目を開くと、鼻先に白く綺麗な指で造られた拳がある。
ユイが思わず息を飲むと、拳がゆっくり眼前より下げられ、梓の冷静な顔が見えた。
(……良かった、なんとか間に合った)
ユイはほっと胸を撫で下ろした。
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