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「う、わっ!」
急な出来事に驚き、バランスを失ったハンスは窓の縁を掴んで振り返った。
そこにはどこにも居なかったはずのアリスが居た。
「なに…」
ハンスの唇から言葉が漏れ、そんな様子を見たアリスは悪戯を思いついた子どものような顔をして笑った。
そして。
「お母さんはそこから落ちたのよ。」
アリスはくすくす笑うとスカートをちょっと摘んだ。
「チェシャ猫がそこから突き落としたの。…こんな風にね!」
そう言うとハンスの腹を蹴り飛ばした。
ハンスは抵抗する間もなく、信じられないものを見るような眼で、言葉もなく落ちて行った。
息絶えたハンスの遺体を上から眺め、アリスは
「誰がコマドリを殺したの?
それは私。とアリスが言った。
私が窓から突き落として殺したの」
と歌い、チェシャ猫を振り返る。
チェシャ猫はこくっと頷くと、嬉しそうに笑う。
「誰がコマドリが死ぬのを見届けたの?
それは僕。とチェシャ猫が言った。
僕がこの眼でちゃんと死ぬのを見届けた」
そうして2人はくすくす笑うと、お気に入りのオルゴールを開いて階段を下りて行った。
不思議なメロディーは屋敷を包み込んだ。
チェシャ猫がハンスの腕を斧で切り落とした音も、アリスが埋める穴を掘った音も全てオルゴールが包み込み、辺りには不思議なメロディーしか聴こえてこなかった。
「今度のやつもダメだったか。」
屋敷からオルゴールの音が聞こえると連絡を受けた村長が呟いた。
村長はあの屋敷に“誰もいない”が“誰かがいる”ことを知っていた。
屋敷で起こった惨劇。
それは悲しいものだった。
町のみんなはアリスとチェシャ猫を知っていた。
その容姿を気にしてか、雨の日にしか町へ遊びに来ない子どもたち。
奪われた2つの尊い命。
2人の霊を眠らせようと何人もの人間を報酬と引き換えに、屋敷へ送った。
2人は強い思いを抱いているその屋敷から出れば眠るはずだった。
しかしどんなに人を送っても2人が眠りにつくことはなかった。
そして今日も、2人の楽しそうな笑い声とオルゴールの音が町へ伝わってくるのだった。
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