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「受験勉強中でしょ」
「いや、……バイオリン弾いてた?」
尋ねると、彼女は益々機嫌が悪そうに腕を組んだ。
「どうして?」
質問に、ただ聴きたくなったなどとは言えなくなってしまう。
言葉を濁らせていると、彼女は息を吐いて腕を解いた。
「いいわ、来たら?」
つっけんどんな答えはいつものことだ。
どうぞとばかりに窓の前から離れてくれる。
隣の家までは一メートルちょっとしか離れていない。つまり、少々危険だが、屋根伝いに向こうの窓に入ることができる。
昔から、彼女のバイオリンを聞くためにそうやって隣の家に行き、母親に見つかって怒られてもこっそり忍びこんだものだ。
今ではご無沙汰になっているが、屋根から屋根に飛び移る瞬間が大好きで、いつもわくわくしながら彼女の部屋に向かっていた。
今では軽く跨げるが、幼い頃は下手をすれば家の塀に落ちていたかもしれない。
そう考えると、幼い頃は命知らずだったと思う。
軽々と屋根を伝って向こう側の窓に張り付き、窓を跨いで部屋の中に入る。
中は丁度いい暖かさになっていて、その真ん中に朝が立っていた。
「変わんないなぁ、この部屋」
そう言うと、放っといてなどとむっつりした顔で返される。フローリングの八畳間はベッドと小学校に上がる時に買ったらしい学習机と、大きめの本棚が一つあるだけで、女の子っぽいぬいぐるみやらファンシーな小物は受け付けない、モノトーンな色調で統一されていた。
唯一目を引くのは、両手を広げるくらいの幅に、自分よりも少し大きい本棚で、これはぎゅうぎゅうに本が詰め込まれている。
全て楽譜であることは、幼いときに確認済みだ。
学習机もそうだが、ペン立てすらない机に、置き時計が一つ置いてある。
確か、あれは。
「まだ使ってくれてるんだ」
そう言うと、今気づいたとばかりにさっと顔色が変わる。
小さなデジタル時計だが、アラームもついているし時計としての役割は果たしていると思う。
が、それだけだ。色も地味なシルバーだし、キャラクターが印刷されているわけでもない。
小学校を卒業するとき、朝のコンクール優勝のお祝いに買ってあげたものだった。
その頃朝のことが好きだった自分は、時計をあげるときに告白しようと考えていて、あえなく撃沈したという、ほろ苦い思い出が詰まった時計である。
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