70人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ
頭を抱えるように丸まって、ぎゅっと瞼を閉じ、ひたすら耐えた。
〈どんどんどんどんどんどんどんどん……〉
ドアを叩く音は延々続いている。
(たすけてたすけてたすけてたすけて)
念じ続けていたら、急にドアを叩く音が止まった。
その瞬間、瞼に何かが触れた。
〈がさついた指〉のように感じられた。
その指らしきものは、榊原さんの瞼を無理矢理こじ開ける。
こじ開けられた目の前にあったのは、窓に張り付いていた、あの〈斜視の顔〉だった。
〈げっ……ふ、ふぐふふ、ぅふ〉
生臭い息を吐きながら、顔は嗤った。
榊原さんは生まれて初めて失神した。
「気が付いたときには朝でさ。すぐフロントに駆け込んで文句を言ったんだけどね。やんわりとスルーされちゃった。だから、部屋が悪いのかなんなのかわからないのよ」
以来、榊原さんは旅行をするときには「ひとりでは行かない」「しっかり下調べをしてから宿は決める」ようにしている。
旅行が苦手にならなかったの?と訊くと、
「あんな酷い目に遭ったのは一度きりだからね。もう一回遭ったら考えるかな」
でも、あの宿に二度と行かないのは確実ね、と彼女は真顔で答えた。
最初のコメントを投稿しよう!