悲劇

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 聖世は隼人の言葉に振り返りもしなかった。 一人廊下に残された隼人は何をやっているんだろう、と我ながら情けない気持ちに苛まれていた。 「見ちゃった」  隼人の肩をポン、と叩いてくる人物がいた。 振り返るまでもない。 その声は隼人のよく知る人物のものだ。 「隼人らしくないな。あんなにしつこくしたら神無月さんも逃げるに決まっているだろ」  羽田の言葉に隼人は深い溜め息を洩らした。 嫌な場面を見られちゃったな、という気持ちと羽田の言う事が的を射ていると思う気持ちが入り混じった複雑な溜め息だ。 「自分でも分からないんだけどさ、神無月さんと話したかったんだ」  羽田がニヤニヤしながら隼人の肩を抱いた。 「その気持ちはよく分かるよ。何しろ彼女はキレイだし、どこか不思議な魅力があるよな」 「うん。そうなんだよ」  隼人は羽田の言葉に素直に同意した。 隼人は聖世に惹かれている。 こんな気持ちになったのは生まれて初めての事だ。 「若者よ。それは恋というものだ。お前は神無月さんに惚れちゃったんだよ。隼人」  羽田の大仰な言葉に目を丸くしながら、言われた言葉の意味を反芻する。 「恋?」  隼人は聖世に恋しているのだろうか? 自分でも分からないが聖世を見た時、胸に懐かしさが一杯に広がったのだ。 この感情は恋なのだろうか? もしこの気持ちが羽田の言う通り恋ならば一目惚れ、と言うのかもしれない。 一目見た瞬間に隼人の心は聖世に捕まってしまった。  でも、と心の中にいるもう一人の隼人が告げている。
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