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「まさか・・・・ね」
「ん?神無月、何か言ったか?」
「いえ、何にも」
心の呟きが言葉になってしまったらしい。慌てて自分の言葉を打ち消した。
怪女だった聖世ごときにゼウスが、そこまで期待しているとは思えない。
慌てて誤魔化すように話題を変える。
「先生には奥さんがいるんでしょ?もし私といるところを見られたら勘違いされるんじゃありませんか?」
「子供が変な心配をするんじゃない。それに妻は二年前に亡くなったんだ」
「すいません、失礼な事を言いました」
本当に申し訳なさそうに、うな垂れる聖世の頭を沢村はポンと手を置いた。
沢村の手は想像していた以上に温かかった。
「気にするな。神無月は子供とは思えないぐらい人に気を遣うんだな」
沢村は教師として立派な人間だと思う。
だが、まだ疑いは晴れない。
人の良い担任の沢村を疑い、騙しているという感情が聖世に罪悪感を抱かせていた。
聖世の古いアパート前に行くと沢村が聖世を送ってきたところだった。
玲旺は慌ててアパート名の入った看板が掛けられているコンクリートの門柱の後ろに身を隠した。
聖世のことを玲旺が待っているのを沢村に見られたら都合が悪いだろう。
「それじゃ、神無月、ここまで来れば大丈夫だろ。いろいろ大変だと思うけど頑張れよ」
沢村の言葉に聖世が素直に頷いた。
「有難うございます」
「それじゃ、明日もちゃんと学校に来るんだぞ。まあ、お前みたいな真面目な生徒にはそんな事言わなくてもいいのかもしれないがな」
聖世は静かに微笑んで頭を下げた。
沢村は「それじゃ」と言って手を上げて聖世に背を向けた。
聖世はその背中が見えなくなるまで見送っていたが、沢村の姿が見えなくなると低い声を出した。
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