悲劇

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      ◆◆  ケパロスは美しい青年で勇ましい猟を得意としていました。 いつも日の出の前には起き出して来て、森の獣を追っています。 それを、見かけた暁の女神エオスは一目でケパロスを好きになってしまい、自分の神殿に連れ去りました。  しかし、ケパロスにはプロクリスという可愛い妻と結婚したばかりで他の女の事など考える事はできませんでした。 プロクリスも夫であるケパロスを心から愛していました。  プロクリスの愛情はとても深く、彼女を可愛がってくれている猟の女神アルテミスから贈られた、どんな獲物でも駆け越す素晴らしい犬と決して狙いを外さない投槍を夫であるケパロスに与えたほどです。  こんなに仲のいい二人の間にエオスが入る隙などなく、ケパロスの気持ちが彼女に向く事はありませんでした。 気持ちを受け入れてもらえなかったエオスは機嫌をそこねて、ケパロスを解放しました。 「行くがいい。まあ、女房を大事にしてやるがいいさ。今にきっとお前はそんな女の元に帰っていったのを後悔するだろう」  エオスの言葉と共に解放されたケパロスは妻と森の猟で今まで通り幸福に暮らしていました。 ある日下がり、ケパロスは猟と暑さに疲れて、着物を傍らに投げ出し、小川にある木陰で涼み、草の上で寝転んでそよ風に吹かれていました。 あまりもの気持ち良さに声高に叫びました。 「さあ、快いゼビユロス(そよ風の意)よ。ここへ来て私の胸をあおいでおくれ。私を燃やす熱を冷ましておくれ」  空に向かって叫んだこの言葉を通りがかった者が女とでも話しているのだと思い込み、その事をプロクリスに話してしまいました。  プロクリスは思いがけない話を聞き大変、悩み苦しみます。しかし、すぐに『自分で確かめて見た上でなければ信用できない』と思い直しました。  プロクリスは案じ煩いながら明けの朝を待っているとケパロスはいつも通り、猟に出掛けていきました。 プロクリスは、そっと良人の跡をつけて、告げ口した人が教えた場所へ行って身を隠していました。 何も知らないケパロスは猟に疲れるといつもの通り、そこへ来ます。 そして草の上に寝転びながら叫びます。
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