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「悲しい話だな」
玲旺が呟き、聖世は頷いた。
玲旺としては含みを持たせて口にした言葉だったのだが、それについて聖世は気付いていないようだ。
大切なひと女性を失った男の気持ちそれを玲旺はよく分かっているつもりだ。
そして哀しきかな、いまだ取り戻せないでいる。
それは大切な人はすぐ近くにいるというのに、心は遥か遠く離れていて手が届かない。
「人というのは誤解の上に誤解を重ねて生きていく。時にはそれが命取りにさえなるんだから恐ろしいよ」
「それにしたって……妙だよな。沢村の奥さんが死んだのは二年前だろ。それが何で今頃になって……」
玲旺は首を傾げる。
そんな玲旺の事などお構いなしに聖世は手にしたペットボトルの中の緑茶を飲み干し、息をついた。
「さあ、ね。そんな事は知らないよ。大体……ケパロスとは限らない。もしケパロスだったとしたら最近になって、ヤツが沢村の内部に入りこむようなきっかけがあったのかもしれない」
聖世は表情一つ変えずに、いとも簡単に言ってのけた。
それなのに瞳がキラキラと輝いている。
玲旺はそんな聖世を見ながら、背中がゾクゾクしていた。
色っぽい。
聖世が何か興味を持った時、こういう表情をする事が多い。
「きっかけ?きっかけ……か。それが分かったら沢村の中にいるのが本当のところ誰なのか分かるんじゃないのか?」
「そうかもしれないな」
玲旺の言葉に頷きながらも聖世は別の事が気にかかっているようだ。
「俺、調べてみようか?」
珍しく自ら申し出た玲旺に聖世は何とも複雑な表情を向けた。
「確かに調べてもらえれば有難いけど、今はそれより沢村を見張っていて欲しいな」
「分かっている」
要するに、聖世は動き回る事で自分の存在を敵に知られたくないのだ。
玲旺は意味深長な笑みを口元に浮かべた。
「俺がそんなヘマをする訳ないだろ」
どうだか、と聖世は思ったが、あえて口にはしなかった。
珍しく玲旺がやる気になっているのに水を差す必要はないだろう。
「それなら沢村の事は頼むよ」
「任せとけ!」
胸を張って答えた玲旺に聖世の目元が優しく緩んだ気がする。
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