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「いや、いくらなんでも自分の事情を一年に押し付けんのはちょっと」
「とか言うけどさぁ、まだ一度も勝ててないんだぞ? 悔しいだろうが」
「悔しいって……元々こっちが不利な状況なんですし」
「馬っ鹿野郎! 逆境を覆してこそプロレスだろうが!」
「……Oh」
「えーっと……」
自分の目の前で行われる話を、何から何まで全く読めない大志が軽い混乱に陥っていると、
「毎年この試合の勝敗で賭けてるんだと」
「うおっ」
急に右後方の死角、特に人の気配を感じていなかった位置から声が掛かり、驚いた拍子に思わず飛び退いてしまった。
飛び退きついでに振り返ると、下手をすると沙羅よりも身長の低い四年自傷寺○核(じしょうじ○んかく)、通称カクが気だるいそうな表情で佇んでいた。このカク、抑揚の無いしゃべり方の上にポーカーフェイス、更には小柄な体格の為、著しく存在感が薄い。とても試合でド派手な空中技を出す選手とは思えない。
「カクさん、賭けって?」
「うん、毎年俺とケン対向こうの四年で、それぞれ一万賭けてんだよ。向こうは十人だから配当は五万で、今年勝てば過去の三回分チャラにして大逆転って訳なんだわ」
「あー……」
理解と同時に思う。プレッシャーをかけるなと。
そんな所に会話の輪を外れて来たドクが肩に手を置いてきた。
「まあまあ、怪我しないのが一番なんだし、気負いすんな」
「わ、わかりました」
引き吊った笑みを浮かべながら、大志はドクの茶髪にパーマを当てて日焼けさせている風貌は、そのまま中身と考えて良さそうだと判断した。簡単に言うと、チャラい。
と、
「あ」
大志がある事に気づく。
「「ん?」」
「毎年って事は、皆さんもやったんですよね? その時はどうだったんですか?」
「そうだなぁ、去年はどんなんだったっけ?」
大志の質問を受け、カクがドクに話を降る。
「去年はあれですよ、どっちも格闘技未経験だったんで体格良い玉無(たまなし)がやって、あっという間にダウン取られてTKO」
玉無とは、今ちょうど道場の中心辺りで同期の中迄珍輔(なかまでちんすけ)とスパーリングをしている、トゥースとか良いそうな体格の玉無酷至(たまなしひどし)。去年の一年生なのでもちろん二年生だ。
「あー、そっだったわ。あまりにも早かったんで忘れてた」
……酷い言われ様である。
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