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そんなこんなで次の練習日。
まだ教室の独特の空気に馴染めない大学の講義を終え、グレーのパーカーを羽織るカジュアルな格好の大志は携帯電話でノブから来たメールをあしらいながら、徒歩で練習場に向かっていた。
特に思慮に耽る訳でもなく歩いていたら、唐突に後ろから肩を叩かれた。
何だと振り替えると、そこには熊かと錯覚するかのようなシルエット――ニヤニヤとした笑みを浮かべた白いジャージ姿のケンが。ちなみにそのジャージの胸の部分には、プロレス団体のロゴが入っていたりする。
「よぉ」
「あ、ケンさん。お疲れ様です」
「どうだったよ? 初練習の翌朝は?」
顔を合わせて早々に投げ掛けられた質問に、閉じた携帯電話をポケットへ仕舞い込んだ大志は思わず苦笑してしまった。
「――誰かに拉致されて、首が拘束されたんかと」
大志の返答を聞いた瞬間、ケンは声を上げて笑い飛ばした。
「そりゃまた斬新な表現だなぁ! ま、普段首の筋肉なんか使わないんだ、いきなりいじめりゃそうなるわ」
二人が言っているのは、「首の筋肉痛」についてだった。
首の筋肉を酷似するプロレスの受け身を散々取ったのだ、筋肉痛になること自体に驚く事はない。問題はその症状だ。
簡単に言うと――首が動かないし痛い。翌朝目が覚めた大志を襲ったのはそんな感覚だった。寝起きで力が入らないとは言え首が全く動かないのだ、それはもう焦りに焦った。
だんだん心身共に目が覚めて来てこれが筋肉痛だとわかると、すぐさま沙羅に回復術というある種の禁じ手を使って復帰したものの……二度とあの感覚を味わいたくはない。
「ま、学生プロレスやる身にとっちゃ一種の通過儀礼みたいなもんだ。おめでとさん」
「喜ぶもんですか、それ……?」
そんな他愛無い話をしている内に、練習場である駒ヶ谷スポーツセンターの玄関が見えて来た。
普通ならばそのままロビーへ入る所なのだが、
「ん? アイツは――」
入口脇のベンチに腰掛ける人物を見て、ケンが眉を潜める。
するとその人物はこちらに気付いたのか、今までいじっていた携帯電話を閉じ、会釈をしつつ歩いてきた。
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